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これからのCARPと大学

お元気様です。原研代表です。

大学で行われているカルト対策について、事実は事実として受け入れて。

大学のやっているカルト対策が本当に正しいことなのか?

実際に傷ついたり不安になったりして学生課に相談に行く学生も守らないといけないし、
カルト対策で傷ついてる学生も守らないといけない。

一方で 私たちは、地域や社会に貢献していきたいし、また大学にも貢献していきたいと思っています。

私は、岡山大学が好きで、先日のシンポジウムにも参加して、

本当に素晴らしいと思いました。

荒木副学長を中心に、学園都市を創ろうとしてされていて、
また 韓国のソンギョンガン大学とか中国・ヨーロッパの大学と連携して
国際化も進めようとしています。

さらに、森田学長も素晴らしい経営力をお持ちだと思いますし。

CARPも岡山大学に貢献し、地域や町づくりに参加できたらといいと思っています。

大学とCARPがお互いにとって良い方向に進んでいったらいいですね。
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財界にっぽん

辟。鬘契convert_20111116110344


↓関連URL *本文読めます。
財界にっぽん

財界にっぽん12月号が発売されました。
これには、CARPのこともよく連載されています。
大学の異常なカルト対策について、私たちはよくよく考え、問題解決していかないといけないと思っています。

今回の記事に連載されている他大学で起こったこの事件も、決して人事でもなく

私たちも心痛める内容でありました。

なぜ私たちばかりが、不当な扱いを受けないといけないのか?と思うことも少なくありません。
私たちCARPメンバーも傷ついてきた事実があるということを知ってほしいのです。


岡山大学だけでなく、他大学の対応に憤りを覚える時もあります。これが国立大学で行われていていいのでしょうか?


私たちCARPにも生存権はあるし、人権もあるはずです。

しかし、関東のある大学では、そんなCARPメンバーに対する自由や人権などまったく感じられない大学の対応が見受けられます。
また、それを良かれと自学にも取り入れようとしている全国の大学。

もっと大学は開かれていて、学生が自由に思想を学んでもいいところなのではないのでしょうか・・・

諸外国からみれば、大学の現状は異様に見えると思います。

どうか、もう少し私たちの意思を尊重していただけないでしょうか?

今後、他大学に波及していかないことを望むばかりであります。

被害弁連のビラの検証

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このビラは岡山大学でも、入学式の新入生に配布する資料の中に入っていました。
これは、被害弁連が作成したビラで、大学はわざわざ購入して配布しているらしい・・・のです。

でも、国立大学ですよ?もしそれが事実なら、税金や私たちの授業料をこれを配るために使わないでほしいです。


他大学でも、掲示されている大学もあったようですが、
しかし、新潟大学をはじめ山口大学、九州大学、筑波大学でも
現在このビラは撤去されました。

来年の入学式では、岡大はまた配布するのでしょうか?


いくつかの他大学は、私たちのことを思ってビラも撤去してくださったのだと思います。

他大学の学生支援課の反応は
「大学の意図するものではないので外す」
「大学は特定団体を名指しで批判することはない」

そうですよね。私たちも守られるべき学生であり、実際精神的に被害を受けているのであります。

しかし、岡山大学の反応は、他大学の学生支援の反応とは違うようです。

学生生活を応援します。のパンフレットからは消したが、配らないとは言っていない。方針として配るようになった。来年からはわからないけど。大学としても、学生を守らないと。
パンフレットには弁連が作った資料を載せている。学生の意見として受け止めます。少なくとも意見は聞きましたが、受け入れるかは分かりません。パンフレットに対して、思想信条の権利は迫害していない




このビラは、IMPACTは強いけど、誇張が多いです。よね?
まず、マイナスのイメージが先行しますよね。

普通に傷つきますよ。精神的苦痛もあります。
私たちにとってみれば、被害弁連がつくっていたとしても、大学が警鐘をならしている団体だと思います。

心から喜ばせたいと思ってした賛美も騙されたなんて・・・

悲しすぎます。

どうか学生支援課が学生を守るためにあるのなら、私たちも守られる学生の対象であるということを忘れないでください。





学生の学生による学生のための大学

お元気様です。原研代表です。
今年は、珍しく台風が岡山に直撃していますね。

さて、私たち岡山CARPでありますが、残念ながら公認化されている団体ではありません。
他大学では、以下のような内容を挙げられていました。


活動内容に単一の教義を探求し、実践する活動が含まれているから
新入生に対して、単一の教義に捉われない、視野を広げてもらうことを目的にしたい

これは、おかしな言い方だとは思いませんか?


また、名古屋大学における山口貴士弁護士の講演でも、これと同じような理論が展開されています。

山口弁護士曰く、
「カルトの何が悪いのかというと、

一つは『信教の自由』『宗教を選択するという自由』というのを侵害している

二つ目として、大学教育を受ける権利の侵害です。

大学というのは、非常に多様な価値観によって、つまり真理を教えてもらうところではなくて、
自分で『何が真理なのか?』ということを考えて、悩んで考えて、研究したりとか、あるいは研究の仕方を得る場所であって、
少なくとも特定の人の思想を全面的に受け入れることによってこと足りるというスタンスは、少なくとも大学教育においてはあり得ないわけです。

こういう、①と②を合わせて『自己決定権を侵害』が行われていて、これを大学が座して見ていていいのかっていうこと」です。

櫻井義秀氏も同様の発言をしています。

しかし、

普通、サークルの活動は単一の目的で行われます。

運動系なら単一のスポーツや武道、文科系でも自分の好きな単一の活動を選んで参加するものであり、何でもやるサークルというのは存在しないですよね。

単一の目的を持つ多数のサークルが並行して存在するので、学生たちはその中から自分の好みに合うものを選択できるのであって、個々のサークルの単一性が問題なのではないのであります。

全体として多様性があるからこそ、学生は選択権があるのであり、その中から単一の目的を持つものを排除すれば、逆に学生の選択権を狭めることになりませんか?

数多くの単一の目的を持つサークルの中から、宗教的なサークルだけ「単一の教義を探求している」からという理由で排除するのは、まったく理に適っていません

信教の自由の意味も同じであります。
特定の教えや単一の教義を持つ宗教団体が、政府から規制を受けずに多数併存することによって、全体として信教の自由が守られることになります。


そもそも、「特定の宗教」でない宗教は存在しません。キリスト教もイスラム教も仏教も、すべて特定の宗教であります。

こうした「特定の宗教」の教えを絶対的に信じることは民主主義に反するとして排除すれば、それによって信教の自由が否定されることになります。

大学の中においても同じで、「特定の思想だから」「特定の宗教だから」という理由で排除しようとすれば、それは学生の自由や選択権を奪うことになるのであります。

以下は、私の父が大学に宛てた手紙の一部です。


もし、現在行われている岡山大学の「カルト対策」が大学の既定方針であるとするならば、私は父兄として、是非それを再考していただきたい、あるいは当初に立てた目的や方針と実際に行っていることが合致しているのか、「自己点検評価」を行っていただきたいと思い、僭越ながら、学長様にこうして直接お手紙を差し上げることを決断いたしました。
 私は学長様が岡山大学公式ウェブサイトで語っておられる、「岡山大学は、公的な『知の府』として、人類社会から付託されたこの基本命題を実体化するため『人類社会の持続的進化のための新たなパラダイム構築』を大学の目的に掲げています」という決意は、大変素晴らしいと思います。また、「地域をはじめとした国内外の社会と、多様な分野において、密接に連携する開かれた大学を目指す」という姿勢も、素晴らしいと思います。どうか、私のような父兄の意見に対しても、開かれた運営を行ってください。
 私が学長様のメッセージならびに「岡山大学の目標」で特にすばらしいと思ったのは、「公的機関として、社会への説明責任を果たすため、研究、教育、社会貢献、管理運営のすべての分野において不断の自己点検評価を実施し、その結果を公表し、大学改革に反映させる」という部分です。現在大学の「管理運営」の一環として行われている「カルト対策」なるものが果たして適正なのか、是非「自己点検評価を実施」していただき、父兄に対しても「説明責任」を果たし、「その結果を公表」し、「大学改革に反映」させていただきたいと思います。


信教の自由

お元気様です。原研代表です。

今日は『信仰の自由』について書かせていただきます。
日本国憲法の記載は、

日本国憲法第20条
・第一項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
 いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
・第二項:何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない。
・第三項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。

しかし、日本国憲法には信教の自由の「内容」が記載されていないのであります。

・憲法の条文にはないが、一般的に「信教の自由」の内容として理解されています。
1.内心における信教の自由:どのような宗教を選択するか、
  または宗教をもたないかは個人が任意に決定できる自由
2.宗教的行為の自由:信仰に関して、宗教上の祝典、儀式、行事その他の普及などを任意に
  行うことができる自由
3.宗教的結社の自由:特定の宗教を信仰するための団体をつくることができる自由

「信教の自由」があるから、個人が信仰をもつことは構わない。しかし、学内での勧誘は禁止しているとある場合、しかし、この事は本当に「信教の自由」が守られているのでしょうか。そもそも「信教の自由」とは、国際的に最も権威ある世界人権宣言の第十八条において次のように明確に規定されています



「すべて人は、思想、良心及び宗教の自由に対する権利を有する。この権利は、宗教又は信念を変更する自由並びに単独で又は他の者と共同して、公的に又は私的に、布教、行事、礼拝及び儀式によって宗教又は信念を表明する自由を含む。」

また、法的な拘束力を持つ国際人権規約の一つである「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」においても、「信教の自由」を以下のように定義しています。

第十八条
1.すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する。この権利には、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由並びに、単独で又は他の者と共同して及び公に又は私的に、礼拝、儀式、行事及び教導によってその宗教又は信念を表明する自由を含む。
2.何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。


日本は、この「自由権規約」を批准しているので、これを守る義務が国際社会に対してあります。しかし、上記の大学の反応はこれらの文書が示す「信教の自由」の国際基準とはかけ離れており、個人の内面の自由しか認めないという意味でしか「信教の自由」を捉えておらず、それは事実上「信教の自由」を認めていないと言っても過言ではありません。日本の国立大学は、日本国が承認し、批准しているこれらの宣言や規約に沿って「信教の自由」の意味を理解し、それを守るようにしていただきたいものです。

さて、岡山大学のHPや学内の掲示板には以下のビラが掲載されています。


ビラ①

ビラ②

学生への支援ためのものでありますが、
「宗教勧誘に注意」
 この表現はどうでしょうか?
 そもそも、国立機関である大学において宗教勧誘行為を否定することはできないのではないでしょうか?
 

上記にもあげたように
憲法20条第3項
「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」
 に関して、国の宗教活動の禁止は、反宗教活動の禁止も意味すると発言しています。つまり、国立大学では学内 の宗教活動や宗教的サークル活動を禁止したり、特定の宗教をいけないと禁じたりすることは、国家による反宗教活動に当たり、憲法違反ではないのでしょうか。

日本は法治国家ではないのでしょうか?

それとも、大学のカルト対策、宗教勧誘規制は学外のことであっても、学生支援ということで違法性はとわれないのでしょうか?
そこで、今、大学による「カルト対策」が信教の自由の侵害に当たることを論証しようという論文を募集しています。
以下、W-CARP JAPAN のサイトです。

論文募集

今後の展開が気になります。


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