スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『私の考える1999年ノストラダムス大予言』Part③


また、「マルス」はローマ神話の軍神であるが、フランス語では「火星」「3月」の意味もある。軍神の意味だったとしても、言葉通りの意味のほかに「戦争」の隠喩として用いられている可能性もある。私は「戦争」として用いられているという立場をとることにする。
ゆえに最後の文はこのように訳す。「戦争のような大惨事の前後に首尾よく支配する」

またPart②の蘇るとは死んだ人間が生きかえることである。死んだ大王が蘇る。Part①の聖書の引用文はキリストの再臨のことを示す一文であるということを考えると、「支払い役の大王が遣わされ、アンゴルモワの大王として再臨する。」ともとることができる。

これらより、ノストラダムスの1999年の予言が伝えたかったのは、

1999年7月、
イエス・キリストがこの地上に天から遣わされるだろう、
黄色人種のキリスト・救い主として再臨され、
戦争のような大惨事の前後に首尾よく支配する

意訳すると、つまりイエス・キリストが生まれてから2000年という節目を迎える前に、イエスキリストの代わりとして、黄色人種の再臨主が顕現し、来るべき大惨事に備え、救いの手を差し伸べる、ということではないだろうか。
images+(1)_convert_20110525012352.jpg


とするならば、来るべき大惨事とは一体何なのだろうか!?
次回に続く!!
関連記事
スポンサーサイト

『私の考える1999年ノストラダムス大予言』Part②


次に「アンゴルモワの大王」についてだが「支払い役の大王」(以下恐怖の大王を支払い役の大王とする)との関係については、直訳どおりアンゴルモアの大王とされるものが支払い役の大王とされるものによって蘇ると解釈した事例と、後者を前者の比喩とし、支払い役の大王とはアンゴルモアの大王の再来のような人物であると看做す事例が混在している。
私は折衷説的な立場をとる。

 信奉者の解釈の歴史をみると「アンゴルモワの大王」の解釈については4つの説がある。アングーモワ説、アッティラ説、モンゴル説、ジャックリー説の4つだ。アッティラ説によって「アンゴルモワ」がアジアからの侵略者という捉え方をする解釈者が現れる中、これはモンゴルを表すアナグラムだと解釈するものたちが現れた。
このように4つのうち2つの説が、アジアだとか、モンゴルだとかを導き出していることからこの「アンゴルモワの大王」とはモンゴロイド (かつての形態人類学上の「人種」概念の一つ。黄色人種、モンゴル人種とも言う。)の大王を意味しているのではないかと思われる。

つまり、「アンゴルモワの大王を蘇らせ、」という一文は黄色人種の大王が蘇るということを言っているのではないだろうか。
images3.jpg
関連記事

『私の考える1999年ノストラダムス大予言』 Part①

まずは前回の『終末予言 導入』を読んでない方はそちらを読んでいただきたい。

ここからは私の何の根拠もない勝手な推測なので読み流すだけにしてほしい。

この予言を読み解くうえで重要なキーワードは「恐怖の大王」、「アンゴルモワの大王」、「マルス」の3つだ。これらをどう解釈するかによってこの予言の意味は大きく異なってくる。


「恐怖の大王」であるが「支払い役の大王」とすべきだという指摘もある。というのもノストラダムスの予言集は今まで何度も発行されており、原文とされているものがいくつかあるのだが、リヨン市立図書館の蔵書の原文では "un grand Roi deffraieur" と書かれているためである(通常「恐怖の大王」と訳される原文は、"un grand Roi d'effrayeur" となっている)。どちらが本来の表記であるかについて、確定的な結論は出ていない。
 
しかし、もしここで後者の「支払い役の大王」と訳すとすれば、2行目の「空から恐怖の大王が来るだろう」という訳は「空から支払い役の大王が来るだろう」という訳になる。思うにこれが意味するのは「イエス・キリストがこの地上に遣わされる」ということではなかろうか。
というのも、聖書の黙示録1章7節に「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。・・・」、ダニエル書7勝13節に「見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、・・・」など再臨主が空から来ることを連想させるような記述が多くある。

またキリスト教の教義の中にイエス・キリストは「人類の罪の贖罪のために遣わされた」との教えがある。これをいいかえると、「人類が積み上げてきた罪のつけを支払うために遣わされた」といいかえることができる。ここからも支払い役の大王というのがイエス・キリストのことを示しているのではないかと思われる。
ノストラダムス自身クリスチャンであったことから、聖書の内容を踏まえて予言をしている可能性は大いにありうることだ。

次回②「アンゴルモアの大王」の解説
images_convert_20110525011345.jpg
関連記事

『終末予言 導入』

今回は最近話題となっている『終末予言』について取り上げようと思う。

ところで皆さんは今まで終末予言と呼ばれるものがいったいいくつされてきたかご存じだろうか。実は歴史上文献に残っているものだけでも何十もの終末予言が記されているのだ。その中でも日本で有名なものとして、1999年ノストラダムスによる『恐怖の大王予言』、マヤ暦の終焉から予測される『2012年12月22日人類滅亡予言』の2つがあげられるだろう。

今日はその内の1つノストラダムスの予言について簡単に語ろうと思う。

ミシェル・ノストラダム師の予言集(百詩篇第10巻72番)
ノストラダムス

1999年7の月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。

この詩が20世紀以降話題となったのは皆さんの知るところである。では、本当にこの予言は終末予言なのだろうか。
この予言が終末予言とされたのは1973年11月25日『ノストラダムスの大予言』という名の著書の出版に始まる。この本では「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」という予言について、ノストラダムスがアンリ2世に対して1999年に人類が滅びると語ったとする史料などを引き合いに出し、人類滅亡を予言したものであると解釈した。
この本の内容の問題点として、本来「百詩篇集」などと訳されるべき『予言集』の主要部分の名称が、英訳からの転訳によって生じた誤訳である『諸世紀』となっていたり(ここでは『予言集』そのものの換称として用いられている)、架空の研究家の名前や創作と思われる詩や史料が登場していたり、いたずらに「1999年の7の月」の詩を誇張したり、ノストラダムスの生涯に関する記述などにもかなりフィクションが含まれているなど、実際にはノストラダムスの予言解釈本というよりも、著者である五島勉の小説という色合いが強いと指摘されている。つまり、ただのでっち上げの物語にすぎない。

では今まで数々の予言を残し、的中させてきたノストラダムスが未来の人類に伝えたいメッセージとは一体何なのか!?1999年予言の本当の意味は!?


今回はここまででいったん区切ろうと思う。次回『私の考える1999年ノストラダムス大予言』というタイトルで続きを書こうと思うので是非そちらも見ていただきたい。
関連記事

なんとなくつぶやき・・

為に生きるって大切だな~って痛感しました。

自分が疲れているときに、笑顔で為に生きる人ってすごいですよね。

どんな時も、笑顔でみんなに活力を与える人。
どんな時も、自分のことより相手のことを考えて、
思いやりのある そんな深い人になりたいと思った今日この頃。。。

さかもーの心のつぶやきでした。
関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。