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信教の自由

お元気様です。原研代表です。

今日は『信仰の自由』について書かせていただきます。
日本国憲法の記載は、

日本国憲法第20条
・第一項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
 いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
・第二項:何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない。
・第三項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。

しかし、日本国憲法には信教の自由の「内容」が記載されていないのであります。

・憲法の条文にはないが、一般的に「信教の自由」の内容として理解されています。
1.内心における信教の自由:どのような宗教を選択するか、
  または宗教をもたないかは個人が任意に決定できる自由
2.宗教的行為の自由:信仰に関して、宗教上の祝典、儀式、行事その他の普及などを任意に
  行うことができる自由
3.宗教的結社の自由:特定の宗教を信仰するための団体をつくることができる自由

「信教の自由」があるから、個人が信仰をもつことは構わない。しかし、学内での勧誘は禁止しているとある場合、しかし、この事は本当に「信教の自由」が守られているのでしょうか。そもそも「信教の自由」とは、国際的に最も権威ある世界人権宣言の第十八条において次のように明確に規定されています



「すべて人は、思想、良心及び宗教の自由に対する権利を有する。この権利は、宗教又は信念を変更する自由並びに単独で又は他の者と共同して、公的に又は私的に、布教、行事、礼拝及び儀式によって宗教又は信念を表明する自由を含む。」

また、法的な拘束力を持つ国際人権規約の一つである「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」においても、「信教の自由」を以下のように定義しています。

第十八条
1.すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する。この権利には、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由並びに、単独で又は他の者と共同して及び公に又は私的に、礼拝、儀式、行事及び教導によってその宗教又は信念を表明する自由を含む。
2.何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。


日本は、この「自由権規約」を批准しているので、これを守る義務が国際社会に対してあります。しかし、上記の大学の反応はこれらの文書が示す「信教の自由」の国際基準とはかけ離れており、個人の内面の自由しか認めないという意味でしか「信教の自由」を捉えておらず、それは事実上「信教の自由」を認めていないと言っても過言ではありません。日本の国立大学は、日本国が承認し、批准しているこれらの宣言や規約に沿って「信教の自由」の意味を理解し、それを守るようにしていただきたいものです。

さて、岡山大学のHPや学内の掲示板には以下のビラが掲載されています。


ビラ①

ビラ②

学生への支援ためのものでありますが、
「宗教勧誘に注意」
 この表現はどうでしょうか?
 そもそも、国立機関である大学において宗教勧誘行為を否定することはできないのではないでしょうか?
 

上記にもあげたように
憲法20条第3項
「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」
 に関して、国の宗教活動の禁止は、反宗教活動の禁止も意味すると発言しています。つまり、国立大学では学内 の宗教活動や宗教的サークル活動を禁止したり、特定の宗教をいけないと禁じたりすることは、国家による反宗教活動に当たり、憲法違反ではないのでしょうか。

日本は法治国家ではないのでしょうか?

それとも、大学のカルト対策、宗教勧誘規制は学外のことであっても、学生支援ということで違法性はとわれないのでしょうか?
そこで、今、大学による「カルト対策」が信教の自由の侵害に当たることを論証しようという論文を募集しています。
以下、W-CARP JAPAN のサイトです。

論文募集

今後の展開が気になります。


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