スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

男達の大和

江田島に行ってきました。そして、大和ミュージアムにも行ってきました。

さらにさらに、旧海軍兵学校にも見学に行ってきました。

江田島を満喫。

大和ミュージアムは相当良かったです。

初めて行ってきました。正直なところ・・・
お恥ずかしながら、大和のことはよくわかっていませんでした。

世界最大無敵戦艦の『ヤマト』

私には想像もできないくらい大きかったことでしょう。
だって東京タワーと同じくらいの大きさらしいですから。

当時の日本の技術を最大限に駆使して作られた戦艦ですが、

出来上がったころには、むなしくも戦闘機に主流が変わってしまっていて

ヤマトは海に沈んでしまいました。決して沈むことがないといわれていた無敵の大和が

アメリカ軍の前には無力にも海のもずくへと化していきました。

当時の人にとっては、あこがれの戦艦だったと思います。
誰もが『やまと』を一目見たくて、海軍に志願した人も多かったと聞きました。


その晩、『男達の大和』の映画を見ました。
戦争の映画は、何とも言えない気持ちになります。
ただ、悲しいですね。

大和ミュージアムにもたくさんの遺書がありました。血書もありました。

そこには『報国』という文字が書いてありました。

私よりも若い10代の青年がお国のために、自身の命を捨てて死んでいかれたのですから。
そして、それが当然のような時代。
遺書には、お父さん・お母さんさようなら。先に逝く私は親不孝者です。
申し訳ありません。私のことは忘れてください。と。

本当は死ぬのが怖いはずです。それこそ、自分の夢も希望もすべて捨てて
死ななくてもいい命が数多くありました。

大和が沈没する最後の戦いでは、沖縄を目指して行きました。
誰もが、最後の乗船であること、無駄死にであることを知っていながら
三上中佐が口を開いたとき
「要するに、一億総特攻のさきがけになっていただきたい、これが本作戦の眼目であります」
と言われました。

元大和乗組員の著書「戦艦大和の最期」にある言葉
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外に、どうして日本は救われるか。今、目覚めずしていつ救われるか。俺たちは、その先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」



また、広島は、原爆が落とされたところでもあります。
そう思うと、戦下では、本当に犠牲になった場所です。

しかし、そのような犠牲があったからこそ、今の日本があります。
Yamato-1_convert_20110910221439.jpg


etajima-1_convert_20110910221525.jpg

その後、旧海軍兵学校に行ってきました。
自衛隊ってすごい訓練を受けていますよね。
旧海軍兵学校にも、特攻隊の遺書がたくさん保管されていました。
人の命が戦争のために、コマのように扱われていた時代ですから、
人権とかないですよね。

今回の見学で、公的精神を学ばせていただきました。
戦争は、犠牲が伴いますが、しかし、
当時の兵士さんの公的精神は素晴らしいです。
日本国を守るために命をかけて戦ってこられたその精神は
とても感銘を受けます。

私たち、カープも 国や世界の為に生きていく公的精神を
もってより大きな善のために生きていきます。
だって私たちの目指すべきところは、一番大きい
One Family Under Godですから。


関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。