感動したこと ラスト

19世紀にはニーチェが「神は死んだ」と宣布しました。彼は、一般的な大衆においては道徳というものが問題になることはないが、彼自身のような内面の法に従う例外的な人々、すなわち超人たちは、彼ら自身の優れた自我により、神に代わることができると言いました。創造的な法をつくれる超人こそが、人類を導いていけると信じたのです。神を否定し、超人中心の社会を主張しました。ニーチェは、人類を弱くし、保護しようとする平等主義や民主主義を軽蔑しました。

しかし、彼自身も「神を殺す」危険性を知っていました。神を完全に否定すれば統制できない狂気が発現し、人類は戦争の渦の中に巻き込まれると指摘したのです。実際にニーチェも晩年、精神異常者になり、人間としての尊厳を失ったまま、一人孤独に死にました。

ヒトラーは、ニーチェの哲学に大きな感銘を受けました。ニーチェが二主張した超人の概念を崇め尊んだのです。ここでいう超人とは、神や平凡な人間大衆と区別される存在として自己中心的に立てる存在のことです。そして、この考えをムッソリーニやスターリンに紹介したのです。

彼らは、自らを例外的な存在、超人であると考え、自身だけの法と原則を作りだしました。みなさんもご存じのとおり、これら三人は、人類歴史を通して、もっとも残酷な虐殺と戦争を引き起こしました。

ある哲学者はこう言いました。
「もし、皆さんが神の存在をのぞいてしまえば、誰かがその位置に代わらなければならないでしょう。それは、誇大妄想症、すなわちヒトラーのような存在が現れたり、性的異常症、すなわちソドムとゴモラのような都市をつくりあげるようになるでしょう」


もし、道徳律を賦与してくださる存在を奪っていくならば、私たちは、道徳律自体を奪われるようになり、善と悪の違いを区別できる能力を失ってしまうでしょう。もし善と悪の違いを区別できる能力を失ってしなえば、善の行動も悪の行動もなくなり、結局すべての行為が正当化されることでしょう。いかなる悪の行動も、殺人や大量虐殺人体実験、人類掃討などの行為も、科学や進化という名のもとで、これらのすべての行為がほしいままに行われることでしょう。

何ものも神に代わることはできません。神様を失ってしまったとき、結局、人類は戦争と破滅の道を歩むようになるでしょう。

神様は、私たちに善と悪を教えてくださいました。それは人間を統制するための手段ではなく、神様に似るようにするためのものです。

三回に分けていろいろ述べてきましたが、
言いたかったことは 私たちには神様が必要であるということです。

そして、神を求めるその心は、崇高であり尊いと感じるのであります。

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原理講論 真の愛の恩恵より引用 抜粋


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