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進化論について考えてみる

お元気様です。また原研代表です。
てか、私しか書いてないやん
みんなが多忙のため書きたい放題してま~す

ところで私は、これでも一応理系の者でして、今は地球のことについて学んでおりますが、
実は、生物も大好きなのであります。

今日は、生物的なことについて書きたいと思います


まず、ID理論とはご存知でしょうか?
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ID理論とは?

その結論は、「指導理念がなければ物質分子は生命体にはなり得ない」というもので、生命の誕生や進化の背後に「理念」というデザインとその「理念」を描いたところのデザイナー、つまり叡智者の存在を認めるということです。

 人間はどこから来たのか?
誰もが一度は考える内容ではありませんか?



旧約聖書によれば「全ての人間の祖先であるアダムは神によって作られ、その妻イヴはアダムの肋骨から生まれた」とされ、ユダヤ教徒やキリスト教徒の間では長い間これが信じられてきました。

しかし、ダーウィンの進化論が認知され、「原始的な動物が次第に進化して人間になった」と考えられるようになると、聖書の記述をどのように解釈するかについて議論が起こってきました。

私も、進化論を教科書で習いましたね。

生命の誕生はコアセルベート説が有力です。その後、大気の変化とともに原始生命も進化してきました。
ここは長くなるので省略。


そして、先カンブリア時代からさまざまな地質時代を経ながら、
人類が誕生したのは、新世紀の第三紀ですね。

現生生物から相同器官や相似器官がみられることや、尾骨などの痕跡器官があることから生物の進化がわかりますし

また、オーストラリアにみられる有袋類の適応放散からも生物の進化がわかります。

進化説には、用不用説[動物が生活するうちに、よく使う器官が発達し、あまり使わない器官は退化する]
自然選択説[環境や生活条件をめぐって生存競争が起こり、有意な個体が生き残る]などさまざまありますが

現在の進化説では、突然変異によって生じた様々な形質の個体が自然選択を受け、交配や隔離などの影響もうけて、新しい種の分化がおこるという総合説が中心であります。

さて、ここからは私の勝手に考えている内容です。



聖書には「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれた」と書かれてあります。

宇宙の起源から、最初の生命が誕生し、最初は光合成を行う藍藻であったかもしれませんが、進化をしながら
人類の祖先が誕生した時、

霊長類から分化したアウストラロピテクス(猿人)やクロマニョン人のような新人に、神様が最後、「命の息を吹きいれた」とありますが、霊人体を入れたのではないかと思うのです。

だから、サルなどの類人猿とは違って、人間には創造性や感情があるのではないか?
遺伝子の突然変異による進化の過程で、低次元のものから高次元の進化をする場合、偶然おこるとは考えにくいので、そこには必ずエネルギーが必要であります。神様が進化の段階ごとにエネルギーを投入されながら、最後に人間をお創りになったのではないかと思うのです。あくまで私が勝手に思っているだけです。

 そこで、
先ほどのID理論とは、近代科学の趨勢であった自然主義的な偶然論、必然論を超えて、例えば遺伝子という文字を描いたところの「デザイナー」(神)の存在を積極的に認めるというのであります

 渡辺久義・京大名誉教授のHPによると、「宇宙という存在も私という存在も、それを超えた存在を想定しなければ無意味なものになってしまう。『インテリジェント・デザイン』は、自然を超えた、知性を持ったものの存在が『経験論的に検出可能』」であると主張する」と。

 「理念」によって物質が特殊の配列を与えられるのが生体の現象であり、

例えば、人間における視覚器官の如きものが如何にしてこのような複雑な器官が、物質の分子原子の配列を指導する所の、何か英知ある精神原理(理念)がなくして盲目的に出来上がることができるであろうか。というわけです。

なるほど。

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